AIを入れるのは情シスじゃなかった
先に、前回の宿題から片付けます。
✅ 「汎用的なAI研修は助成金の対象外」を、要領の本文で確認しにいった
ここ数日、人材開発支援助成金(厚労省の、社員研修に使える助成金)について気になっていたことがありました。ネット上のいくつかの解説サイトが「汎用的なAI研修は助成対象外」という線引きを紹介していて、しかもそれが「厚労省が示した判断例」という体裁で書かれているんです。
これ、自分の仕事に直撃します。研修を助成金と組み合わせて提案できるかどうかが、ここで決まるので。
なので今日、支給要領のPDFを実際にダウンロードして、全文を検索してみました。令和8年8月3日改正版の4コース分(人材育成支援/教育訓練休暇等付与/人への投資促進/事業展開等リスキリング支援)。人材育成支援コースだけで109ページあります。
結果はこうでした。
- 「生成AI」「プロンプト」の語は、4本とも0件
- 「汎用」という語は存在する。ただし用例は「訓練等以外の生産ライン又は就労の場で汎用的に用い得るもの等」——これは経費の区分(助成対象外になる機器等)の話で、研修の内容とは関係がない
- 「人への投資促進コース」に「人工知能、量子、バイオ、宇宙等の成長が期待される分野等において」という一文が1箇所だけある。これは成長分野の例示
つまり、「汎用的なAI研修は対象外」という線引きは、支給要領の条文が根拠ではありませんでした。
ここで一気に「じゃあ対象になるんですね」と言いたくなるんですが、それは違います。助成金の可否は要領の本文だけで決まらなくて、Q&A集と、都道府県労働局の個別判断が効きます。今日わかったのは「ネットで流通している線引きが根拠にしている条文は、存在しない」という一点だけ。
なので支援先への案内は、引き続き断定しません。次にやることは要領を読み直すことじゃなく、労働局に直接聞くことに切り替えます。
この作業、地味なんですけど、やってみて思ったのは「AIに要約させると、こういう『無いこと』は絶対に確認できない」ということでした。要約モデルは、書かれていることを整理するのは得意ですが、「探したが無かった」は返してこない。PDFを落として grep する、みたいな泥臭い手順のほうが確実な領域が、まだしっかり残っています。
あわせて補助金の締切も見てきました。
- IT導入補助金:第4次締切は本日 8月25日(火)17:00、予定どおり。第5次以降の日程は本日時点で未公表(公式スケジュール)。⚠️ 民間の比較サイトには「5次=9月29日予定」「6次=10月30日予定」といった独自予測を載せているものがありますが、公式ページが出しているのは第4次までです。支援先に日程を伝えるときは、まとめサイトではなく公式を直接見てください
- 省力化投資補助金 一般型第8回:「2026年8月18日(火)〜10月中旬(予定)」「申請ポータルでの受付開始は9月中旬を予定」と公式トップに明記されました
ここからが今日の本題です。
人事部の、ITの専門家じゃない人たちが、14業務をAI化していた
今日いちばん手が止まったのは、良品計画の事例でした。
同社の人事部が立ち上げた「HR×AIイノベーション・ラボ」というプロジェクトが、発足5ヶ月で14業務をAI化し、年間約3,970時間の業務効率化を達成した、と。第11回HRテクノロジー大賞の人事マネジメント部門優秀賞を受賞しています(受賞発表は8月7日、詳細を語ったインタビュー記事の公開が8月24日)。
数字も立派なんですが、自分が長く止まったのはそこじゃありませんでした。
メンバーが、ITやシステム開発の専門家ではない人事部員だった。しかも、上司の任命ではなく、自ら手を挙げた有志だった。
記事には「人事が指示する側ではなく、自ら実践し、示す側になる」というアプローチだったと書かれています。プロジェクトマネージャーは人事部の穴沢真基さん。
なぜここに引っかかったか
AI導入がうまくいかないとき、原因を「モデルの性能」に置く人はもう少ないと思います。だいたい「使われない」で止まる。
で、使われない理由を分解していくと、誰の仕事として置いたかにたどり着くことが多いんです。よくある形はこうです。
- 情シスかDX推進室が旗を持つ
- 業務部門は「使ってください」と言われる側になる
- 業務部門は、自分の仕事のどこがAI化できるかを一番よく知っているのに、設計に参加しない
- 動くものはできるが、現場の手順とズレていて、使われない
良品計画のやり方は、この構造がまるごと逆でした。業務を持っている部門が、自分の業務を、自分で削りにいっている。
しかも「有志」というのが効いていると思います。任命だと「やらされ」になるので、5ヶ月で14業務は出てこない。手を挙げた人は、削りたい業務を最初から持っているんです。
昨日のレポートで扱ったアクセンチュアの調査——日本企業でAIの全社的な成果を実現できているのは13%(グローバル23%)、従業員の37%が「特に変化はない」——と、これは同じコインの裏表です。投資の意思はあるのに現場に届かない。良品計画は「現場から始めた」という答えを出している。
で、10〜50人の会社はどうすればいいのか
ここからが翻訳作業です。良品計画をそのまま真似られる中小企業は、まずありません。有志を募る母数がないからです。ひとり人事の会社に「手を挙げてください」は成立しない。
なので、「有志を募る」を「書き出す」に変換します。
ステップ1:今週やった仕事を、時間じゃなく「回数」で書く
工数で書くと大きい仕事から並ぶので、そうしません。回数で並べます。週に2回以上やっているもの、月に3回以上やっているものに丸をつける。
だいたい、こういうのが並びます。
- 求人票の下書き
- 応募者への一次返信
- 面接日程の調整文
- 不採用通知
- 入社案内のメール
- 面接後の記録
- 上長への進捗共有
ステップ2:「判断が主」と「作文が主」に分ける
丸をつけたものを2つに割ります。
- 判断が主:誰を通すか、いくらで出すか、この人をどう評価するか
- 作文が主:上のリストのほとんど
そして、作文が主のものから入ります。
ここを逆にして失敗するのを、けっこう見ます。「AIで選考を効率化したい」と言って、いきなり書類選考の判定から入る。すると評価基準の合意形成が始まって、そこで3ヶ月止まる。しかも判断はAIに寄せた瞬間に責任の所在が曖昧になるので、慎重にやるべき領域なんです。
作文は違います。型を1回作れば毎回効くので、削減がそのまま積み上がる。
ステップ3:2つだけ選ぶ
14個やろうとしない。2つです。週2回やっている作業を1つ自動化すると、年に約100回効きます。
⚠️ ここで年間3,970時間を目標に置かないでください。良品計画の数字は、業務の内訳も算出根拠も使ったツールも公開されていません。目標に置くのは「回数」のほうです。
14という数字が教えてくれているのは、削減時間の大きさじゃなくて、大型案件を1本立てたんじゃなく、小さい業務を数で削ったという形のほうだと思っています。
候補者は、もうあなたの会社を「検索」していないかもしれない
今日はもう1本、採用まわりで見過ごせないニュースがありました。
TalentXが、採用サイト構築サービス「MyTalent Brand」にLLMO(AI検索最適化)対応の機能を追加しました(8月24日 13:00発表)。
LLMOという言葉、リリースではこう定義されています。「生成AIが企業の公式な一次情報を参照・理解しやすいよう、Webサイトやコンテンツの情報構造を最適化する取り組み」。
機能の中身は3つで、生成AIクローラーへの巡回許可設定、採用情報の構造化データ化、AIが取得・解釈しやすい形式でのページ配信。企業側の追加設定やサイト改修は不要とされています。
正直に言うと、技術としては目新しくありません。クローラー許可も構造化データも、SEOの世界では昔からある話です。新しいのは技術じゃなく、対象が採用広報になったことのほうです。
何が変わるのか
候補者の企業研究の動線が変わります。
これまでは「社名で検索して、出てきたページを読む」でした。この動線だと、自社サイトの情報が薄くても、口コミサイトや転職メディアの記事が並んで補完してくれたんです。
AIに質問する動線だと、これが変わります。生成AIは複数のソースを読んで、ひとつの答えに合成して返してくる。すると、自社の一次情報が構造化されていない会社は、答えの材料から落ちます。
落ちた分は何で埋まるか。口コミサイトと、他社の情報です。
つまり「調べてもらえない」んじゃなくて、**「他人の言葉で説明される」**ようになる。ここが怖いところだと思っています。
予算をかけずにやれること
TalentXのサービスを買う話ではありません。10〜50人の会社の採用予算には乗りにくいので。
やることは1つで、求人媒体にしか書いていない情報を、自社サイトにも置く。
給与レンジ、勤務地、勤務時間、選考フロー、平均年齢、離職率、育休の取得実績。媒体のページは掲載期間が終わると消えますが、AIが参照するのは残っているページです。
⚠️ ただし、「AIに読ませるために盛る」のは最悪手です。生成AIが合成する答えは、口コミサイトの記述とも突き合わされます。自社サイトだけ立派で口コミと乖離している会社は、その乖離そのものが答えに出る。ここは正直さがそのまま効く領域です。
今日試せること:自分の会社(か、支援先の会社)の名前で、ChatGPTなりClaudeなりに「(自社の社名)の採用について教えて」と聞いてみてください。返ってきた答えのうち、何割が自社の公式情報由来かを見る。口コミサイトの話しか出てこなかったら、それがそのまま次にやることのリストになります。
🔮 呼んでないのに入ってくるAIを、採用チャンネルに置くか
最後にもう1本、これは注意喚起として。
AnthropicのSlack常駐エージェント「Claude Tag」がアップデートされ、チャンネルの会話全体を読むようになりました(8月24日報道/製品本体のローンチは6月23日)。
従来は、メッセージを1件ずつ見て「反応するか」を判定していました。変更後は会話全体を見た上で、インライン返信/スレッドを開始/既存のワークストリームへルーティング/沈黙の4つから選ぶ構造になっています。
設計として面白いのは、沈黙が明示的な選択肢に入っていることです。AIツールを入れて挫折する典型が「通知が増えて誰も見なくなる」なので、ここに答えを出しにきているのはわかります。
🔮 未確認:複数のメディアが「割り込み判断が約30%改善」という数字を出していますが、元記事に測定方法の記載がありません。なので数字としては引用しません。自分もまだ触っていないので、実際の割り込み頻度が実用に耐えるかは未検証です。触ったら報告します。
ただ、その前にやることがある
機能の是非より先に、中小企業でやるべきことが1つあります。
「応募者の氏名・経歴・評価コメント・不採用理由が、今どのチャンネルに流れているか」を全部書き出す。
会話全体を読むということは、チャンネルに流れている全部を読んでいるということです。10〜50人の会社だと、採用の議論が #general や雑談チャンネルやDMで起きているのが、けっこう普通なんですよ。この状態でチャンネル読み取り型のAIを入れると、権限設計をいくら細かくしても意味を持ちません。
これ、AI導入の準備であると同時に、AIと関係なく今すぐやるべき個人情報の管理でもあります。だから「うちはAI入れないから関係ない」にはならない。
逆に言うと、AI導入を口実にして、後回しにされてきたチャンネル整理を通す——これは提案の切り口としても使えると思っています。順番を逆にすると、あとから戻せません。
今日のまとめ
3つのニュースを並べましたが、共通しているのは「AIの性能の話が1つも出てこない」ことでした。
- 良品計画で効いたのは、モデルじゃなく誰がやったか
- LLMOで効くのは、技術じゃなく自社の情報が公式に置いてあるか
- Slackで効くのは、AIの賢さじゃなくチャンネルが整理されているか
2026年後半の実務は、たぶんずっとこの位置にあります。モデルはもう十分賢い。詰まっているのは、人の側の置き方のほうです。
今日から動かすなら、この3つ。
- 週2回以上やっている業務を、回数で書き出す。作文が主のものを2つ選ぶ
- 支援先(か自社)の名前でAIに聞いて、返答の何割が公式情報由来かを見る
- 応募者の個人情報が流れているチャンネルを書き出す。AIを入れる前に
助成金の件は、労働局に聞いてきます。結果はまた書きます。

