「いい人がいたら、採りたいんですけどね」
中小企業の社長や、ひとり人事の方と採用の話をすると、必ずと言っていいほどこの言葉が出てくる。
気持ちはよく分かる。ただ、私はこの「いい人」という言葉を聞くたびに、一度立ち止まってもらうようにしている。
なぜなら、「いい人」が何を指すのかが言葉になっていない会社は、どれだけ求人を出しても採用がうまくいかないからだ。
媒体を変えても、求人票を磨いても、面接を増やしても、空回りする。理由はシンプルで、「誰に来てほしいか」が定まっていないと、その手前の努力が全部ぼやけるからだ。
採用AI内製化というと、応募書類処理(Step1)や面接評価(Step2)の自動化を思い浮かべる人が多い。けれど、それより前に、いちばん最初にやるべき作業がある。
「どんな人を採りたいか」を、AIを使って1時間で言葉にする。
今回は、この出発点の作業を書く。地味だが、ここを飛ばすと、この先の採用すべてがぶれる。
なぜ中小企業は「誰を採るか」で詰まるのか
大手企業には、採用ペルソナを定義する専門部署がある。過去の採用データも大量にある。「活躍している社員の傾向」を統計的に分析して、求める人物像をドキュメントに落とし込む体制が整っている。
中小企業には、それがない。
ひとり人事、あるいは社長が片手間で採用を回している。過去の採用は数人〜十数人で、統計を取るには少なすぎる。求める人物像は、社長の頭の中に「なんとなく」ある状態で、言葉になっていない。
これは能力の問題ではない。体制と時間の問題だ。
そして、言葉になっていないまま採用を進めると、こうなる。
- 面接で「なんとなくいい感じ」の人を採るが、入社後に「思っていたのと違った」となる
- 社長と人事で「いい人」の基準がずれていて、面接後の評価が割れる
- 求人票が「主体的に動ける方」「成長意欲のある方」という、どの会社でも言える言葉で埋まる
どれも、出発点の「誰を採るか」が言葉になっていないことから来ている。
ここをAIで解く。といっても、AIに「いい人物像を考えて」と丸投げするのではない。社長やひとり人事の頭の中にある暗黙知を、AIを壁打ち相手にして言葉にしていく。AIは、言語化の触媒として使う。
「いい人」を、3つの誤解から解く
具体的な手順に入る前に、「いい人」の定義でハマりやすい3つの誤解をほどいておく。ここを外すと、AIに何を聞いても一般論しか返ってこない。
誤解1:汎用スペックで人を語る
「コミュニケーション能力が高い」「主体的」「素直」。
これらは、どの会社のどの職種でも言える言葉だ。つまり、何も絞れていない。中小企業の採用ペルソナは、もっと自社固有の具体まで降りる必要がある。「コミュニケーション能力」ではなく、「初対面の取引先に、自分から雑談を振って関係を作れる」まで具体化する。
誤解2:大手の劣化コピーを狙う
「本当は大手にいるような優秀な人がほしい」。これも気持ちは分かるが、給与で勝てない中小企業が、大手と同じ人材を同じ条件で狙っても勝てない。
狙うべきは「大手の劣化版」ではなく、**「大手では満たせないものを求めている人」**だ。裁量、事業の上流への関与、成長スピード、働き方の自由度。中小企業がそこで提供できるものを軸に、人物像を組み直す。
誤解3:今ほしいスキルだけで人を選ぶ
「即戦力がほしい」と、現時点のスキルだけでペルソナを描くと、若手を採って育てる方針の会社では特にズレる。
スキルは入社後に伸ばせる。伸ばせないのは、姿勢・価値観・伸びしろのほうだ。「今できること」より「3年後にどうなっていそうか」で人物像を描くと、給与で勝てない会社でも勝負できるターゲットが見えてくる。
この3つを外したうえで、AIとの言語化作業に入る。
AIで採用ペルソナを言語化する、1時間の手順
ここからが本題だ。AIを壁打ち相手に、4つのステップで進める。所要時間は、慣れれば1時間ほど。最初は2時間見ておくといい。
使うのは、ClaudeやGPTといった汎用の対話AIで十分だ。特別なツールはいらない。
ステップ1:現有エースを分解する(20分)
最初にやるのは、理想の人物像をゼロから考えることではない。
いま社内で活躍している1人を、AIと一緒に分解する。
これがいちばん確かな出発点だ。「こういう人がもう1人ほしい」は、架空の理想像より、はるかに具体的でぶれない。
AIにこう投げる。
うちの会社で、いま活躍している社員を1人、思い浮かべて書きます。
あなたは、この人の「活躍の要因」を一緒に分解する役割です。
私が書いた特徴に対して、「それは具体的にどういう行動か」を
深掘りする質問を返してください。一問一答で進めましょう。
【活躍している社員の特徴(私が書く)】
- (例:頼まれていないことも気づいてやる)
- (例:お客さんに気に入られる)
- (例:分からないことをそのままにしない)
ここでAIは、「頼まれていないことに気づくのは、具体的にどんな場面でしたか?」「お客さんに気に入られるのは、何をしているからだと思いますか?」と質問を返してくる。
その質問に答えていくうちに、「気が利く」が「相手の次の動きを先読みして準備しておく」に、「お客さんに気に入られる」が「雑談の中から相手の困りごとを拾って、頼まれる前に動く」に、具体化されていく。
AIの質問に答える形にすると、自分一人では言葉にできなかった暗黙知が、勝手に言葉になる。これが、AIを壁打ちに使う最大の効果だ。
ステップ2:過去のミスマッチを分解する(15分)
次に、逆側を見る。
過去に採って、合わなかった人を1人思い浮かべ、同じようにAIと分解する。
今度は、過去に採用したけれど、うまく合わなかった社員を思い浮かべます。
同じように、「どこがズレていたのか」を深掘りする質問を返してください。
※ その人を責めるためではなく、採用基準を言葉にするための作業です。
ここで出てくる「ズレ」は、採用ペルソナの要注意ラインになる。
「スキルは高かったが、自分のやり方を変えなかった」「優秀だが、一人で抱えて相談しなかった」。こうしたズレを言葉にすると、「採ってはいけない人」の輪郭が見えてくる。
採用ペルソナは、「こういう人がほしい」だけでは半分しか描けない。「こういう人は、スキルが高くても今回は違う」という線を引いて、初めて完成する。
ステップ3:給与で勝てない前提で、翻訳する(15分)
ステップ1と2で、活躍要因と要注意ラインが言葉になった。
次にやるのが、中小企業にとっていちばん大事な翻訳だ。
ここまでで出た人物像を、前提を1つ加えて整理し直してください。
前提:うちは給与・待遇で大手に勝てません。
この条件で、「給与が高くなくても、うちを選ぶ理由がある人」は
どんな人か。これまでの分解結果をもとに、整理してください。
※ きれいごとは抜きで。給与で勝てない現実を踏まえて。
給与で勝てない会社が採れるのは、「給与以外の何か」を求めている人だ。
裁量がほしい人。事業の上流から関わりたい人。働き方の自由を優先する人。今の市場価値より、3年後の成長で会社を選ぶ人。
ここでAIに翻訳させると、「30代前半・大手にいるが裁量がなく、もっと事業全体に関わりたいと感じている人」のような、自社が本当に口説ける相手が見えてくる。
大手と同じ土俵で戦わない。自社の弱みを前提に置いたまま、それでも響く相手に絞る。この翻訳が、中小企業の採用ペルソナの核心だ。
ステップ4:1人に結晶させる+NGペルソナも作る(10分)
最後に、ここまでの分解結果を、AIに1人の人物像としてまとめさせる。
ここまでの内容を、架空の1人の人物像(採用ペルソナ)として
まとめてください。以下を含めてください。
- 年齢帯・現在の状況
- いまの仕事で感じている不満
- 転職で実現したいこと
- 情報収集の仕方(どこで仕事を探すか)
- この人が、給与の低さを超えてうちを選ぶ理由
あわせて、「スキルが高くても今回は採らない人物像(NGペルソナ)」も
1人、簡潔に作ってください。
ここで出てくる「採用ペルソナ」と「NGペルソナ」が、この1時間の成果物だ。
ぼんやりした「いい人」が、年齢・状況・不満・動機まで描かれた1人の顔に変わる。そして「こういう人は今回は違う」という線も引けている。
ここまで来て、ようやく次の工程に進める。
このペルソナが、その先すべての出発点になる
1時間かけて作った採用ペルソナは、採用AI内製化のこの先すべての土台になる。
- 媒体選び:「この人はどこで仕事を探すか」が、どの求人媒体に出すかの判断基準になる
- 求人票・スカウト文:「この人が給与を超えて惹かれる理由」が、何を伝えるかの軸になる
- 応募書類処理(Step1):人物像が、AIに渡す評価軸の出発点になる
- 面接評価(Step2):「期待ライン」と「要注意ライン」が、面接の評価基準になる
逆に言うと、このペルソナがないまま媒体を選んでも、求人票を書いても、評価軸を作っても、すべてが「なんとなく」のままになる。
採用ペルソナは、採用ファネル全体の設計図だ。設計図がないまま家を建てると、あとで必ず歪む。
AIに「決めさせない」──AIは触媒、決めるのは自社
ここでも、Step1以降と同じ原則を守る。
AIに採用ペルソナを「決めさせない」。
AIは、頭の中にある暗黙知を引き出す質問をする触媒であり、出てきた言葉を整理する係だ。「どんな人を採るべきか」の最終判断は、自社の人間が握る。
なぜか。採用ペルソナには、AIが知らない自社の事情が必ず絡むからだ。社風、既存メンバーとの相性、社長が一緒に働きたいと思える人かどうか。こうした要素は、自社の人間にしか分からない。
AIが出した整理を叩き台にして、「ここは違う」「ここはもっとこう」と自社の言葉で直していく。この往復で、ペルソナは自社固有のものになる。AIの出力をそのまま採用基準にするのは、いちばんやってはいけないことだ。
現場で詰まる3つの失敗パターン
採用ペルソナの言語化で、よく起きる詰まり方を書いておく。
失敗1:理想像をゼロから描こうとする
「どんな人がほしいか」を白紙から考え始めると、抽象的な理想論になって、結局「優秀で素直な人」に着地する。
そうではなく、現有エースの分解から始める。実在の活躍者を起点にすると、ペルソナは具体的でぶれない。理想ではなく、現実から立ち上げる。
失敗2:要注意ライン(NGペルソナ)を作らない
「こういう人がほしい」だけでペルソナを終えると、面接で判断が甘くなる。スキルが高い候補者を前にすると、「合わないかも」という違和感を見ないことにしてしまう。
NGペルソナ——「スキルが高くても今回は採らない人」——を先に言葉にしておくと、面接での判断に芯が通る。採用は、「採る基準」と「採らない基準」の両方で初めて設計できる。
失敗3:作って終わりにして、更新しない
採用ペルソナは、一度作って終わりではない。新しい職種を採るとき、事業フェーズが変わったとき、人物像は動く。
半年に一度、入社者の活躍度を振り返りながら、ペルソナを見直す。「採ったペルソナ通りの人が、本当に活躍しているか」を点検する。ここを回さないと、ペルソナは古い設計図のまま放置される。
ひとり人事が今日から試せること
1時間のフルセットはあとでやるとして、明日から1つだけ試すなら、何をやるか。優先順位はこの3つだ。
① いま社内で活躍している1人の特徴を、5つ書き出す これが、採用ペルソナ言語化のいちばん確かな出発点になる。AIに渡す前の素材として、まず手元に作る。
② 過去に採って合わなかった人のズレを、1つ書き出す 責めるためではなく、要注意ラインを言葉にするため。これがNGペルソナの素材になる。
③ 自社の求人票を開いて、「どの会社でも言える言葉」に線を引く 「主体的」「成長できる」「アットホーム」。線が引けた数だけ、その求人票は誰にも刺さっていない。ペルソナが言葉になれば、ここを自社固有の具体に書き換えられる。
ここまでは、外部に頼まず自社で進められる準備だ。
まとめ──採用は、「誰を採るか」を言葉にすることから始まる
中小企業の採用がうまくいかない最大の原因は、媒体でも求人票でも面接でもない。その手前の、「どんな人を採りたいか」が言葉になっていないことだ。
採用AI内製化は、応募書類処理(Step1)や面接評価(Step2)の自動化から語られがちだが、本当の出発点はもっと前にある。
- 現有エースを、AIを壁打ちに分解する
- 過去のミスマッチから、要注意ラインを言葉にする
- 給与で勝てない前提で、それでも選ぶ人に翻訳する
- 1人の採用ペルソナと、NGペルソナに結晶させる
この1時間でできた採用ペルソナが、媒体選びの基準になり、求人票の軸になり、書類選考と面接の評価軸になる。採用ファネル全体の設計図だ。
そして、ここでもAIに決めさせない。AIは暗黙知を引き出す触媒であり、整理する係だ。誰を採るかの判断は、自社の人間が握る。自社の言葉で描いた採用ペルソナを、社内に残す。それが、採用AI内製化のいちばん最初の一歩になる。

