「AIエージェントとか、なんかすごい言葉が出てきてますけど、うち中小なんで、そこまでの話じゃないですよね?」
最近の打ち合わせでよく出てくる質問だ。
率直に言うと、これは半分正しくて、半分もったいない。
「派手なAIエージェントSaaSを契約する」という意味なら、中小企業の採用にはオーバースペックだ。高額なエンタープライズ向けSaaSを導入しても、年間採用が数人〜数十人の規模では費用対効果が出ない。
ただし、「採用業務を複数の専門役割に分けて、それぞれに専用AIを当てる」という発想だけを中小企業に持ち込むと、現場の景色は確実に変わる。SaaSを入れる話ではない。考え方を持ち込む話だ。
この記事では、その発想を「Claude Codeの考え方」と呼んで整理する。実際にHiro自身が試作した採用伴走AI(社内コードネーム:ai-hr-team v1)で、6つのエージェントに役割を分けて運用した経験を踏まえて書く。
なぜ「分業」の発想が中小企業の採用に効くのか
中小企業のひとり人事は、こんな状態で日々の業務を回している。
- 朝、応募サイトをチェックして、新規応募を確認する(情報収集)
- 応募書類を見て、面接に呼ぶかどうかを一次判断する(スクリーニング)
- 面接日程を組み、当日の質問リストを作る(面接設計)
- 面接に同席し、議事録をメモする(記録)
- 面接後の候補者に「次のステップを連絡します」と返信する(フォロー)
- 月末に社長に「今月の応募状況」を報告する(レポート)
ここに少なくとも6つの役割が同居している。ひとり人事は、この6つを頭の中で切り替えながら1日を回している。
問題は、6つを同じ脳みそで処理しているせいで、それぞれが中途半端になりやすいことだ。
- スクリーニング中に面接の質問リストを思いついて、Excelに書き留める間に応募サイトのチェックが止まる
- 面接中にメモを取りながら次の質問を考えるので、候補者の話が頭に入らない
- レポートを作ろうとして、過去の応募データを掘り返すうちに夕方になる
これは人間の処理能力の問題ではない。6つの役割を1つの脳に押し込んでいる構造の問題だ。
「Claude Codeの考え方」を持ち込むと、ここに対する処方箋が変わる。
Claude Codeの考え方──専門家チームに分業させる
Claude Codeというのは、AnthropicのClaudeを使った開発支援ツールの名前だが、ここで参照したいのはツールそのものではなく、その背後にある設計思想だ。
ひとつの大きな問題を、専門役割に分けたエージェントが並列・直列で処理する。それぞれのエージェントは自分の役割しか見ない。代わりに、自分の役割の中では他より深く考える。
これは2026年に入ってから一気に広がった発想で、いまや採用領域でも「人事AIエージェントチーム」を組む試みが、海外を中心に出てきている。
ただし、海外スタートアップが提供するこの種のサービスは法人向けの中〜上位レンジで、中小企業の予算には乗らないことが多い。
代わりに、発想だけを持ち込んで、自社で軽く組むことができる。自社で組むなら、汎用AIの個人〜チーム向け有料プラン(Claude有料プラン、ChatGPT Team、GoogleのGemini系など)で十分に動かせる。
Hiro自身がai-hr-team v1で組んだ構成を例に、6つのエージェントの役割を書く。
採用業務の6エージェント分業──Hiroが組んだ構成
Agent 1:リサーチャー
担当:市場の動きと、自社が見るべき母集団を把握する
具体的な業務:
- 競合他社の求人票を週次でチェックして、提示条件の変化を記録する
- 業界全体の採用市場感(売り手か買い手か、平均提示年収など)を月次で要約する
- 過去の自社応募者の出身業界・経歴傾向を整理する
中小企業の人事はこの作業に時間を割けないことが多い。けれど、ここを把握していないと、応募が来ない原因が「求人票が悪いのか、市場が悪いのか、媒体が悪いのか」が分からなくなる。
リサーチャーAIには、競合求人票のURLを定期的に渡して、変化点だけを月次レポートにさせる。プロンプトの骨格はこんな形だ。
あなたは採用市場のリサーチャーです。
以下の競合求人票URLリストを、先月と今月で比較してください。
変化があった項目(提示年収、応募条件、勤務地、福利厚生)だけ
箇条書きで報告してください。
変化がない項目は一切書かないでください。
「変化がない項目は書かない」を入れておくと、レポートが2〜3画面に収まる。
Agent 2:スクリーナー
担当:応募書類の一次仕分け
これはStep1の記事で書いた応募書類処理AIと同じ役割だ。自社の評価軸で書類を要約し、「会いたい/保留/見送り」の3段階で仕分ける。
スクリーナーは判定をせず、仕分け素材まで出して、最終判定は人間がやる。この線は崩さない。
Agent 3:面接設計
担当:候補者ごとの一次面接質問リストを作る
スクリーナーが「会いたい」と判定した候補者に対して、書類内容を踏まえた質問リストを作る。汎用の質問テンプレに、その候補者特有の確認ポイントを5〜10個追加する形だ。
プロンプト例:
あなたは中小企業の一次面接の質問設計を担当するアシスタントです。
【候補者の書類サマリ】
(スクリーナーが出した要約を貼る)
【自社の評価基準テンプレ】
(Step2記事で作ったテンプレを貼る)
【出力】
- 評価基準テンプレの各項目について、この候補者に聞くべき質問を1つずつ
- 加えて、書類で気になる点を確認する追加質問を3つまで
- 質問の意図を1行で添える
ひとり人事が「次の面接の質問、何にしよう」と悩む時間が、これだけで月1〜2時間は減る。
Agent 4:面接記録
担当:面接議事録の構造化要約
これもStep2の記事で書いた議事録AI要約と同じ役割だ。録音をテキスト化し、評価基準テンプレに沿って構造化要約を出す。
繰り返しになるが、評価判定はAIにさせない。素材整理まで。
Agent 5:フォロー
担当:候補者への連絡文面の下書き
これは地味だが、ひとり人事の精神的負担をいちばん削るエージェントだ。
「次のステップに進めます」「今回は見送らせていただきます」「もう少し検討させてください」といった連絡文面を、候補者の応募経路と書類内容に合わせて下書きする。
特に「見送り連絡」は心理的に重い。テンプレ文を流すと冷たくなり、毎回手書きすると時間と気力を消耗する。AIが候補者の応募内容に1〜2行触れた、丁寧で短い見送り文を下書きしてくれるだけで、人事担当者の負担はかなり軽くなる。
プロンプト例:
あなたは中小企業の人事担当者の連絡文面アシスタントです。
【候補者の書類サマリ】
(スクリーナーが出した要約を貼る)
【今回の判断】
見送り
【出力】
- 200〜300字
- 候補者の経歴のうち、印象に残った点に1〜2行触れる
- 「ご応募ありがとうございました」で始めず、本題から入る
- 機械的なテンプレ感を出さない
- 締めに「またご縁があれば」など定型を入れる
「ご応募ありがとうございました」で始めない、というのは細かいルールだが、テンプレ感を消す上で効く。
Agent 6:レポート
担当:月次・四半期の採用状況の集計と所見
応募数・面接数・内定数・入社数といったKPIを集計するのは、ExcelやGoogleスプレッドシートの集計関数で十分だ。
レポートエージェントの本当の役割は、集計結果に対する所見を1〜2段落で生成することだ。
「今月の応募数は先月比80%。原因として、競合A社が同職種で提示年収を引き上げて募集を始めたことが影響している可能性が高い。次月以降の動向を要監視」みたいな、人間が読んだときに「次のアクションが見える」レポートにする。
この所見部分を、リサーチャー(Agent 1)の月次レポートと組み合わせて生成させる。エージェント同士が情報をパスする最初のポイントになる。
6エージェントを「ひとつのチーム」として動かす
ここまでで6つの役割を書いた。けれど、これをただバラバラに動かしても効きにくい。
大事なのは、6つを順番で動かす設計を最初に書いておくことだ。
具体的には、こういう流れになる。
[1] リサーチャー → 月次レポート(市場感)
↓
[2] スクリーナー → 応募書類の仕分け
↓
[3] 面接設計 → 候補者別の質問リスト
↓
(人間が面接)
↓
[4] 面接記録 → 構造化要約
↓
(人間が評価判定)
↓
[5] フォロー → 連絡文面の下書き
↓
[6] レポート → 月末の集計+所見
この順番をフローチャートにして、ひとり人事の机に貼っておく。フローチャートの右側に「人間が判断するポイント」を黒丸で書き込んでおく。
これだけで、「いまどこをAIに任せて、どこを自分でやるか」の迷いが消える。AI内製化が現場で詰まるいちばんの理由は、ツールの精度ではなく、この判断境界の曖昧さだ。
自社で試作してみて気づいた3つのこと
ここからは、Hiro自身がai-hr-team v1を試作して運用してみて気づいたことを書く。
気づき1:オーケストレータが要る
6つのエージェントを並べただけだと、人事担当者が「いま次は何のエージェントを呼ぶんだっけ」を覚えていないといけない。これは負担になる。
実際に組むときは、6つのエージェントの上にオーケストレータ役を1つ置く。オーケストレータの役割は、「いまこの応募者は、6つのうちどのフェーズか」を管理して、次に呼ぶべきエージェントを示すことだ。
シンプルに言えば、「応募者ごとのステータス管理表」と「次のアクション提示」をするエージェントだ。SaaSのカンバン管理画面で代用してもいい。
オーケストレータがないと、6エージェント構成は3週間で運用が崩れる。
気づき2:エージェントは「専門家」ではなく「専門の引き出し」と捉える
「リサーチャー」「スクリーナー」と書くと、なんとなく専門家の人格をAIに与える発想に寄りがちだ。実際の運用では、こちらのほうが扱いやすい。
それぞれのエージェントを、**「自社の業務知識の引き出し」**として設計する。
具体的には、各エージェントに渡すプロンプトの中に、自社固有の文脈(評価軸、自社事業の説明、過去の採用判断の例など)を埋め込んでおく。エージェントは「自社の◯◯について知っているAI」として動く。
これをやっておくと、汎用AIに毎回「うちの会社は…」を説明する手間が消える。3ヶ月運用してみて、ここの差がいちばん大きく出た。
気づき3:エージェントの失敗パターンは「やりすぎ」が9割
エージェントを組み始めると、「もっと色々できるんじゃないか」という発想が必ず出てくる。
- リサーチャーに業界ニュースの自動収集もさせよう
- スクリーナーに性格傾向の推定もさせよう
- フォローに次の選考案内まで一気に書かせよう
ここで線を引けるかどうかが、エージェント設計の生死を分ける。
「やりすぎ」が起きると、ひとつのエージェントの責任範囲が膨らんで、出力の精度が落ちる。そして人事担当者は「このエージェントの出力、もう信用できないな」と感じて、運用から外していく。
エージェントは、役割を狭く、深く。これがHiroが組んで運用してみていちばん体に残った原則だ。
ひとり人事が今日から試せること
6エージェント構成を最初から組む必要はない。今日から始められるとしたら、こういう順番がいい。
① 自社の採用業務を、6つの役割に書き出してみる リサーチ/スクリーニング/面接設計/面接記録/フォロー/レポート。それぞれに、ひとり人事が月何時間を使っているかを書く。これだけで、AI化の優先順位が見える。
② いちばん時間を消耗している1つを選ぶ たいていの中小企業は、スクリーニング(応募書類処理)かフォロー(連絡文面)のどちらかになる。
③ その1つだけ、汎用AI(ClaudeかChatGPT)でプロンプトを組んで試す 最初から6エージェントを組まない。1エージェントから始めて、3週間で運用に乗ったら2つめに進む。
エージェント分業の発想は、最初から6つ揃える必要はない。1つから始めて、効くと分かったら次を足す。中小企業の採用AI内製化は、この順送りでしか定着しない。
まとめ──エージェント分業は、ツールではなく発想
派手なAIエージェントSaaSを契約する話ではない。
採用業務を、リサーチャー/スクリーナー/面接設計/面接記録/フォロー/レポートの6つに分けて、それぞれに専用のプロンプトとAIを当てる。エージェント同士が情報をパスする順番を、フローチャート1枚にしておく。
これだけで、ひとり人事の頭の中で同時並行に走っていた6つの役割が、外に出る。外に出た瞬間、見える化されて、改善できるようになる。
中小企業の採用AI内製化は、ツールの選定ではなく、業務の分解の解像度で勝負が決まる。エージェント分業の発想を持ち込むのは、その解像度を一段上げる作業だ。
Hiro自身も、ai-hr-team v1の試作を通じて、この感覚にやっと辿り着いた。
業務を分けて、AIに渡す。残った判断を、人間が握る。
これが、AI時代の人事の輪郭だと、いまのところ思っている。

