ある週末、授業をしていて、少しだけ手が止まった瞬間がありました。
同じ世代、同じような学力層、同じ教室の、2人の生徒の話です。
1. 「AIに乗っ取られるのが、こわい」と言った子
ひとりは、スマホを机の端に裏返して置いていました。 画面を見ないようにしているのがわかりました。
英作文の授業のときに、私から「わからない単語があったらAIに聞いてみてもいいよ」と軽く声をかけたら、彼女は少し黙ってから、静かにこう言いました。
「……AIって、使ってると、自分で考えなくなりそうでこわいんです。スマホのAIに、乗っ取られるみたいで」
驚きました。
彼女はSNSもほどほどで、ニュースも自分で選んで見ている、思考力のある生徒です。だからこそ、AIに対して感じている警戒心も、漠然としたものではなく、自分なりに言葉にしていました。
「正しく使えば、たぶん便利なんだと思うんです。でも、正しい使い方を誰も教えてくれないから、だったら離れておこうかなって」
この感覚は、軽く扱っていいものではないと思いました。 彼女は逃げているのではなく、判断材料がないから、距離を取っているのです。
2. 英検ライティングを、Geminiに添削させる子
もうひとりの生徒は、私が教室に入る前から、すでにスマホを開いていました。
手元を覗きこんだら、英検のライティング答案を自分で打ち込んで、Geminiに添削させている最中でした。
「先生、これ、文法は直してくれるんですけど、なんか"自分の言葉"じゃない感じに書き換えられちゃうんですよね。どうしたらいいんですか?」
質問の質が、すごくよかったのです。
彼はAIを、答えを出してくれる機械としては見ていません。 「自分の英語のどこまでが自分のままでいいのか」という、むしろ本質的な問いを、中学生の彼はもう持ち始めていました。
AIを、壁打ち相手として使っているのです。
3. 同じ教室で、同じ授業料を払っている、2人の生徒
私はこの2人を、数時間のうちに連続で担当しました。
学力はほとんど同じ。家庭環境も、通っている学校のレベルも、大きな違いはありません。 受けている授業料も、当然ながら同じです。
けれど、AIとの距離感だけが、ここまで違う。
そしてこの差は、これから学力の差以上のスピードで広がっていく、と強く感じました。
なぜなら、AIリテラシーの差は、勉強量でも、地頭でも、解決しないからです。 使い方の「設計図」を誰かから渡されていないと、どれだけ真面目な子でも、AIとの付き合い方で迷子になります。
そして、迷子のまま大人になります。
4. 学校も塾も、ほぼ「禁止か、放任か」の二択になっている
ここ1年ほど、現場で生徒や保護者の話を聞いていて、ひとつのことがはっきりしてきました。
AIとの付き合い方について、子どもたちが選べる選択肢が、「禁止」か「放任」かの二択になっているのです。
- 学校:「授業中・宿題ではAI禁止」
- 家庭:「なんとなく使わせているけど、どう使っているかは把握していない」
- 塾:「うちはAIを使いません」か「AIで効率よく学習できます」のどちらか
間が、すっぽりと空いています。
つまり、「AIとどう向き合うか、そのものを教えてくれる場所」が、子どもたちの身の回りに存在していないのです。
冒頭の彼女が「誰も教えてくれない」と言ったのは、文字通りだったのだと思います。
5. いま、教育の世界で起きている"2つのレイヤー"
少し俯瞰してみると、AI時代の教育は、はっきりと2つの階層に分かれつつあります。
| レイヤー | 中身 | 生徒の立ち位置 | プレイヤー | |---|---|---|---| | L1 | AIが生徒を分析・管理する | 生徒はAIの"対象" | 大手の学習最適化サービス各社 | | L2 | 生徒自身がAIを使いこなす力を育てる | 生徒はAIの"主体" | ほぼ、空白 |
L1は、すでに大手・テック系が大きな投資をして動き出しています。 ドリルをAIが最適化してくれる、理解度をAIが測ってくれる、弱点をAIが出してくれる。
便利です。便利ですが、ここでは生徒はAIに"見られている"側です。
一方、L2 ―― 生徒がAIを"使う側"に立つための教育は、驚くほど手つかずです。 調べた限り、個別指導の現場で正面から商品化している塾を、私はほとんど知りません。
私が立つのは、後者だと決めました。
6. 「成績じゃない、成長を。」の、AI時代の意味
自分の教育の場を立ち上げるときに、私が一番大事にしたのは、**「成績じゃない、成長を。」**という一行でした。
正直に言うと、この言葉を掲げた時点では、AIのことを強く意識していたわけではありません。 ただ、9年間、個別指導の現場に立ち続けてきた感触として、「点数は上がったのに、自分で動けないまま卒業していく子が多すぎる」という違和感が、ずっとありました。
そしていま、AIが普及し始めて、この違和感の輪郭がくっきりしてきました。
AIに、答えを出してもらうのは簡単です。 英作文も、小論文も、志望理由書も、放っておけば形にはなります。
けれど、その答えが「自分の声」で書かれているかどうかは、別の話です。
自分の考えをAIに言語化させてしまう生徒と、AIとの対話を通じて自分の考えを自分で掘り当てていく生徒。 見た目のアウトプットは似ていても、数年後の姿は、まったく違うものになるはずです。
後者を育てる場所は、誰かが作らないといけない。 それなら、私がやろうと思いました。
7. 私が次に取り組むこと(静かなお知らせ)
大きなキャンペーンを打つつもりはありません。 派手な「新コース誕生!」という宣伝もしません。
ただ、私の指導の中に、AIとの付き合い方を正面から扱うコースを、静かに用意していきます。
方向性だけ、先にお伝えしておきます。
- 「AIに聞く前に、自分で書く」を、毎回の基本動作にする
- AIの出した答えを鵜呑みにせず、「なぜそう言える?」と問い返す習慣をつける
- 英作文・小論文・志望理由書の添削を、生徒とAIと私の"三者"で行う
- 生徒がAIとやり取りしたログを、成長の記録として一緒に振り返る
教えるのは、AIの使い方ではありません。 AIとの、付き合い方です。
これは、スマホとの付き合い方、SNSとの付き合い方と、本質的に同じ種類の話だと私は思っています。 ただ、影響力の大きさが、少しだけ違う。
8. 保護者の方に、ひとつだけ伝えたいこと
今回、この記事を書いたのは、商品の宣伝をしたかったからではありません。
冒頭の2人の生徒を思い出しながら、"AIとの向き合い方"を、子どもが独りで抱えなくていいということを、保護者の方に伝えたかったのです。
「子どもがスマホばかり触っている」 「AIを使っているようだけど、使いすぎていないか心配」 「逆に、うちの子は全然使っていないけど、大丈夫なのか」
どの心配も、根っこは同じです。
9年の現場で、いろんな生徒と向き合ってきた実感として、どちらの姿にも、必ず次の一歩があります。 AIに警戒している子には、安心して近づくための道筋を。 AIに頼りがちな子には、自分の声を失わずに使いこなす道筋を。
ひとつだけ、断言できることがあります。
「禁止」も「放任」も、子どもにとっては同じくらい、危うい。
成績じゃない、成長を。 この一行の意味が、AIの時代に、さらに重くなっていると感じています。
この春、同じ教室にいた2人の生徒の姿を、私はしばらく忘れないと思います。 2人の未来が、同じくらい前向きなものになるように、私にできることをやっていきます。


