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成績が伸びる子のノートには、2つの共通点がある

「うちの子のノート、見てもらえますか」

保護者面談で、こう切り出されることが増えた。きれいに書けているか、量が足りているか。多くの保護者は「見た目」を気にする。

ただ9年間、500人以上の中高生を見てきて言えることがある。成績が劇的に伸びて志望校に合格する子のノートには、ほぼ例外なく2つの共通点がある。逆にこの2つが欠けている子は、ノートの厚さに関係なく、伸び方が鈍い。

「美しいノート」ではない。「機能しているノート」だ。

共通点1:講師が口頭で言ったことを、その場で書き残す

合格する子は、板書を写すだけで終わらない。

授業中、講師が口頭で補足する一言——「ここ、入試で問われやすい」「この単語、よく出る派生語があるから注意」——を、プリントの余白や付箋にその場で書き残す。

これは技術ではなく、姿勢の問題だ。「板書=写すべきもの」「口頭=聞き流すもの」と無意識で分けている子は、授業の半分を取りこぼしている。授業はスライドではなくライブ配信される参考書だと捉えると、口頭の情報こそ録音できない一次データだと分かる。

3年前、早稲田の教育学部に現役合格した教え子のプリントは、隅々まで小さな書き込みで埋まっていた。本人いわく「先生が手を動かさずに喋ったことだけ、別の色で書いてる」。授業を情報源として目一杯使い切る運用が、最初から組まれていた。

共通点2:他教材で学んだことを、授業プリントに書き足す

もう1つの共通点は、授業プリントを「もらった日のまま」で置かない。

問題集、参考書、模試の解説、YouTubeの解説動画。そこで初めて知ったことを、関連する授業プリントに書き足していく。プリントが、自分専用のオリジナル参考書へと育っていく。

日東駒専クラスから学習院大に合格した教え子は、A4ファイルに授業プリントをまとめ、付箋を貼り重ねていた。付箋には他の参考書から拾った類例、模試で間違えた選択肢の誤答理由、解いていて気づいた自分のクセ。同じプリントが、半年後には別物の濃度になっていた。

これは「復習」とは違う。素材を自分用に書き換える運用だ。同じ授業を受け、同じ問題集を使っても、書き換える子と書き換えない子で半年後の差が決定的に開く。

才能ではなく、運用で差がつく

この2つは、特別な能力ではない。「同じインプットから情報を取り出す密度」の差でしかない。

しかし、これを家庭や授業の最初に伝えていないと、ほとんどの子は気づかないまま受験期を迎える。「ノートをきれいに取りなさい」では、この2つは育たない。

中高生のお子さんがいるなら、明日の授業から1つだけ試してみてほしい。先生が口頭で言ったことを、3つだけメモして帰る。これだけで、授業の見え方が変わる子が必ずいる。

ノート術は枝葉に見えて、実は学習設計の根っこにある。きれいなノートを目指すより、機能するノートを目指す方が、結果として遠くまで届く。